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工房のこと シャトル
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小さな海辺の町、二宮で自然に囲まれて暮らしています。
あまり展示会もせず、身近な縁ある人のために糸を紡ぎ、染め、織ってゆきたいと思 っています。
昔は大きな布、大胆なデザインのサ・ク・ヒ・ンを作っていましたが、今はもうそれ に飽きてしまいました。
普通の穏やかな日常生活に気持ちよく使える何気ない布が好きになりました。

染織教室は20歳代から70歳代までの女性が、それぞれの環境にあった方法で布を 作っています。 物を創ることは“自分に出逢うこと”と思うので、その人その人の 個性が出せるように考えています。また、初心者でも素材の良い本物を使って頂くこ とと、カリキュラムなく織りたいものを創ってゆくことが良いと思っています。


サイン


プロフィール

写真 1968年 女子美術大学芸術学部工芸科卒業
柳悦孝、芹澤けい介、柚木沙弥郎の各氏に師事。染織を学ぶ。
1974年 神奈川県二宮に「風あい」工房開設
東京、神奈川で作品を発表
絹、カシミア、麻、綿の素材を生かした布を製作
テーマは“風”
photo by 宮田均



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最近の個展より
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05個展 05個展 2005.12.3(土)~12.18(日)
http://www.shun-c.jp/
神奈川県茅ヶ崎市中海岸1-1-12

―すべてはこの手から―  森田秀子 小品展
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03個展 03個展 2003.12.1(月)~12.6(土)
http://www.isogaya.co.jp/
東京都港区西新橋1-4-12 長尾ビル7F

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02個展 02個展 2002.9.14(土)~9.29(日)
http://www.shun-c.jp/
神奈川県茅ヶ崎市中海岸1-1-12

―チャルカが紡ぐ藍とモーリット―
   森田秀子の染織
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コラムタイトル
染織教室について

そんなに遠い昔でない私たちのおばあさん、ひいおばあさんの時代には、少し都会を離れた所で養蚕が盛んで、機織りする女性がめずらしくありませんでした。
自然環境を活かし、川のそばでは藍染、型染、里山では桑を植え、蚕を飼い、糸に紬ぎ、布を織ってきました。

染織の仕事だけでなく、陶器、木工、和紙、うるし等、民族の宝とするものは、 自然にはぐくまれ、限りなく循環型の農耕民族の穏やかな生活の一部でした。 稲・麦のワラの一つも、絹、綿糸の精錬、染織の媒染、型染の糊、そしてそれらの廃液を畑の肥料へと....。
他の工芸、建築関係と数えればきりなく、みごとに使い切っていました。

ここ百年も経たず、どうなってしまったのでしょうか。 でも私たちの記憶の奥底にはDNAとか呼ばれるものによって、そのような賢い知恵や暮らし方へのあこがれが残っているのでしょうか。 自然にふれ、染や織をビジネスとしてではなく、ワークとして暮らしに取り入れたいと思う女性達がこの風あい工房に集い、上質の時、空を過ごしたいと願っています。(2006年6月記)
チャルカ
チャルカ


ランチ
ランチについて

今年(2006年)の3月に、以前より暖めていた夢の教室“ランチ付き”に踏み切りました。

1日、ゆったりとして皆と同じランチを囲み、お茶を飲み、お菓子を食べていただく....。
ぜいたくなものではなくても質の良い食事を提供できればと考え、マクロビオテックのランチをと、 私はクシマクロビオテックアカデミィに通いはじめました。

今まで本を読んだり見たりして料理するのと大違いで、百聞は一見にしかず....でした。
私はプロの料理人と云うと、手早くジャンジャン切ったり炒めたり、ナベにブチ込んだりするものと思っていました。
違うのです。
先生の包丁さばき、材料や調味料の扱い方は、本当に舞を舞うようにゆったりきれい...。
「波動が出来上がりに影響するから....。」
これってまさに手仕事、手織の極意と同じでした。

染織をはじめた40年程前、ある授業で柳宗理先生が“君達の仕事は原子力で電気を生み出している時代にあ・ん・ど・んを作っているようなものだ!”と、忘れられない言葉の一つでした。
でも新たなる確信を得られました。
あんどんやちょうちんのようでも、私は一つ一つ、1本1本良い波動を伝えながら仕事をすすめれば、結果としておのずと私らしい気配や風あいが生まれる.....と。
料理以上のことを学んでいます。(2006年6月記)
野菜
ブルーベリー

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